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東京サンレーヴス 伊藤拓郎選手

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【東京サンレーヴス 伊藤拓郎選手】

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©Tokyo Cinq Rêves/bj-league 

 

弊社サプライチーム、東京サンレーヴスより伊藤拓郎選手の紹介です。
「下剋上」をテーマとして掲げるチームの主将を務めています。

大学時代には二年連続でベストディフェンス賞にも輝き、卒業後は米国
へと挑戦。国内外で豊富な経験を持ちます。昨シーズンは膝と足首の怪我
に悩まされました。

復帰を期して挑んだ今シーズン、再び、同じ部位の怪我に悩まされており
ますが、復帰へ向け、日々、コツコツとやるべき事を積み重ねています。

復帰シーズンとなる今シーズンの活躍にご注目下さい。

 


伊藤拓郎選手へのインタビュー

 

 

怪我、及び、今シーズンを戦う姿勢について

 

◇昨年、負ってしまった怪我について。また、どのようにリハビリ期間で
は、何を考え、どのように時間を過ごされていましたでしょうか?


退院後も病院に通いリハビリを続けていました。気持ちが下向きになることは
ありませんでした。必ず復帰してケガをする前よりも強くなれる事を信じてリ
ハビリを続けていました。


◇今期のチームスローガンである「下剋上」です。怪我からの復帰して迎える
伊藤選手にとっても「下剋上」を期するシーズンになると思います。どのよう
な結果を残せた時に目標を達成した事になりますか?


優勝をした時だと思っています。


◇その為には、まずはプレイオフに進出する事が必要になります。昨年の戦績を
見ると、リーグでの勝率5割がプレイオフのボーダーラインでした。東京の戦績
は18勝34敗。5割に持ち込むには、あと「8勝」が求められます。第一関門である
プレイオフ進出の為に、何が必要だと考えて、開幕までの準備期間でどのように
取り組まれていましたでしょうか。

 

チームとしてどのようなバスケットをしたいのか、というイメージの共有を全員
でする事が大切だと思います。ディフェンスの戻りを速くする事やボックスアウ
ト、チーム内でのディフェンスのルールなどの細かい事の徹底が必要だと考えま
す。その事を意識して練習しています。


◇同じような怪我に悩むバスケットボール選手や、若い選手に対するメッセージ
やアドバイスがあれば教えて下さい。


まずはケガをしてしまった事を受け入れる事。その上で自分は何がしたくて、ど
うなりたいかを考えてみる。そしてそのためにしなくてはいけない事を考え行動
する事が大切だと思います。

 

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プロバスケットボールという職業について

◇伊藤選手は、学生時代に素晴らしい実績を残しました。また、海外の独立リーグ
(USBL)、JBL(当時)チーム、bjリーグ(浜松、宮崎)と各地のプロチームでプレ
イされた豊富な経験を積まれています。

各地で、プロバスケットボールチームの一員として時間を積み重ねる中で、プロス
ポーツチームの存在意義についてはどのような考えを持っているでしょうか。ま
た、「プロバスケチーム、プロスポーツ選手はかくあるべし」という信念はあり
ますか?


プロバスケットボールはファンにとっての娯楽でなければならないと思う。また、プ
ロスポーツ選手は技術、体力、精神を鍛え圧倒的なプレーをしなくてはいけない。プ
レーはもちろん、会場の演出も含めて、ファンには非日常を感じて楽しんでもらわな
いといけない、という考えを持っています。

 

◇そのような考えを抱くようになった経緯やきっかけについて。


病院や建設会社などに勤めている地元の友人達と仕事の話をした時に、自分は社会や人
に対して直接役に立つ事は出来ていないと思いました。自分に出来る事はバスケットで
人を楽しませる事だと思いました。

 

アメリカへの挑戦について


◇大学卒業後にはUSBL※に挑まれました。当時、様々な選択肢があったと思われます
が、どのような夢・ビジョンを持ち、海外リーグへの挑戦へとキャリアの舵を取ったのか


NBAに行きたいと思い、大学卒業後にアメリカに渡りました。

 

◇日本ではまだまだ馴染みの薄いNBA以外の米国の独立リーグになりますが、所属されていたUSBL
というリーグの形態や、現地での練習環境などは?


USBLは数あるマイナーリーグの1つでロングアイランドプライムタイムというチームに所属してい
ました。チームの体育館は無く、いろいろな体育館を転々としていました。


◇様々なリスクがある中、海外のリーグへ挑戦する事の意義。及び、海外リーグへの挑戦を志す選手
へのアドバイスなど

アメリカに渡った時には既に左膝の半月板をケガしていてろくにプレーが出来ませんでした。自分自
身アメリカ挑戦は中途半端になってしまっているのでアドバイスを出来る立場ではないと思っています。


※USBL・・United States Basketball League。1985年に創設されたリーグであり、マグジー・ボーグス
 (Muggsy Bogues)や、マヌート・ボル (Manute Bol) 、また日本でも馴染みの深いスパッド・ウェブ
(Spud Webb)などもプレイしていた。

http://www.usbl.com/

 


http://tokyo-cinqreves.jp/


 


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伊藤拓郎 
183センチ/80キロ  1983年8月24日生まれ 

北海道出身。北陸高校を経て拓殖大学に進学。卒業後は米国独立リーグUSBLなどに挑戦し、帰国後はレラカムイ北
海道(現 レバンガ北海道)に加入。その後、bjリーグ浜松・東三河フェニックス、宮崎シャイニングサンズを経
て2011~12シーズンより東京サンレーヴスに加入。

北陸高校時代は下級生時より主力として活躍しインターハイ3位、ウィンターカップ3位など好成績を残す。拓殖
大学進学後は、全日本学生選手権で3位、4位に入賞し、二年連続でディフェンス賞を受賞した。

 

 

 

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