ホーム > UPSETブログ > 2014年3月

2014年3月

SwingJOKERとのコラボ企画 第3弾

【コラボ企画実施内容】


講談社「月刊マガジンSPECIALで連載中「SwingJOKER」とbjリーグ高
松ファイブアローズのコラボイベントの実施が決まりました。東京
サンレーヴスで実施したコラボイベント、マガジンスペシャル読者
へのユニフォーム企画に続き、第3弾のコラボ企画となります。 

 

honbun0002-0003re.png

 

2014年4月5日・6日に徳島県で開催される高松ファイブアローズのホームゲーム
について、下記のイベントが実施されます。

 

 

コラボレーション実施内容


①徳島シリーズのゲームデイプログラムに高松ファイブアローズの選手がイラスト
になって登場!


 「Swing JOKER」作者の稲木 智宏先生が高松ファイブアローズの選手をオリジナル
で描き下ろし!!当日配布されるゲームデイプログラムに使用致します。

どんなイラストになっているかはお楽しみに!
当日試合会場にお越しいただき、ご確認ください!!


②ハーフタイムに行われるフリースロー対決に参加して、スペシャルな賞品をゲットしよう!


今回、4月5-6日両日のハーフタイムに行う、チーム対抗フリースロー対決にて勝利チームへ
の賞品として、現在発売中の『Swing JOKER』第1巻を5名様にプレゼントいたします。

 更にその勝利したチーム5名様にはダブルチャンスとして、同じくハーフタイム中に行う
ロングシュート対決にて戦って頂きます。

その対決に見事勝利した1名様には、ファイブアローズより好きな選手をお選びいただ
き、稲木先生が描くそちらの選手のイラスト色紙に稲木先生と選手のサインを入れて
プレゼント致します!

フリースロー対決への参加お申込みは一般入場開始(5日(土)は17:00、6日(日)12:00)
と同時に1Fロビーにあるクラブアローズ受付ブースにて行います。

 先着20名様限定のイベントとなっておりますので、皆様お早めにお申し込みください!!


詳しくは高松ファイブアローズのHPをご参照下さい。
http://www.fivearrows.jp/news/team/entry-1052.html

 

 

 

 

1476286_554656804611493_101828371_n.jpg

 

 

<試合日時>

高松ファイブアローズ対京都ハンナリーズ

会場:北島北公園総合体育館
(徳島県板野郡北島町)

試合時間:4/5 19時~、4/6 14時~

 

 

高松ファイブアローズ 池本宗太朗選手

【池本宗太朗選手】

IMG_6009.JPG 

 
今期より高松ファイブアローズに加入した池本宗太郎選手。香川県出身の選手であり、
2012年度まで地元のクラブチームである「リコークリッパー」に所属。香川県クラブ選
手権で優勝し、四国大会でも優勝。2013年3月に大阪府で開催された全国クラブ選手権
大会にも出場している。

 
それ以外にも、香川県下で開催されているリーグ戦では2012年シーズンで得点王にも
輝くなど、香川県のバスケット競技者の中では広く知られた存在でもある。

 
今シーズン開幕当初は6試合で、出場時間1分と、プロの世界の荒波に揉まれていた
が、12/14からの滋賀戦、埼玉戦と10分近いプレイングタイムを獲得。12/22の埼玉戦
では最多の12分出場を果たした。


参考
http://www.bj-league.com/players/101603

 

例年、多くの選手がbjリーグのトライアウトに参加する中、チームとの契約が出来る選
手は数えるほどである。その中の一人でもある池本選手には前田HCも期待を寄せている。

「ソウ(池本宗太郎選手、34番)は久しぶりの地元香川県の選手ですし、香川では知られ
た選手だと思います。頑張ってプレータイムを勝ち取って欲しい。スイングマンとしての
特徴を活かしてほしい。」

 

 

 

例年、多くの選手がbjリーグのトライアウトに参加する中、チームとの契約が出来る選
手は数えるほどである。その中の一人でもある池本選手には前田HCも期待を寄せている。


先日、全国クラブ選手権が愛知県で開催され、下記のような最終結果となりました。一般
のクラブチームからプロリーグへと挑戦する事はバスケットの競技レベル以外にも、仕事
の関係、その他、様々な諸状況でクリアしなければならない問題もあり、簡単な事ではあ
りませんが、全国大会に出場するハイレベルなクラブチームの選手の中から、来シーズン
のbjリーグのコートに立つ選手が出場する事も考えられます。

是非、選手の前所属チーム名などにもご注目下さい。

 

<参考>

全国クラブ選手権
最終結果

優勝:SWOOPS(岐阜県)
準優勝:Fantajista(大阪)
3位:葛飾バックボーン(東京)
和歌山クラブ(和歌山)

ベスト8
ST-IWATE(岩手)
PROLINE(愛知)
ファイサンズ岡山(岡山)
BUBBLES(兵庫県)
Red Thunders(鹿児島)
ALSOK GUNMA CLUB(群馬)
アースフレンズ(神奈川県)

※全国クラブバスケットボール選手権大会公式HPより引用
http://allclub2014.aichibasketball.jp/

 

 

池本宗太朗選手インタビュー

 

繧サ繝ャ繧ッ繝・IMG_3952.JPG
© FUKE STUDIO 

© FUKE STUDIO © FUKE STUDIO © FUKE STUDIO© FUKE STUDIO© FUKE STUD© FUKE STUDIO

 

 

◇バスケットを始めたきっかけや、高校までの戦績について

部活見学に行って楽しかったから。高校の成績は特になし。


◇高校卒業後の、進路選択と、バスケットボールとの関わりについて。

 はじめはそこまでバスケをするつもりはなかったけれど、バスケを社会
人で続けていたら挑戦したくなりました。


◇大学時代の戦績について。

試合に出始めたのは2年の時
3年から主に出られるようになってからです。
(関西大学バスケットボール連盟の)2部の上位から中位でした。


◇その後、大学を経て、香川県バスケットボール連盟に所属するリコーク
リッパーに所属。県下のリーグ戦では2012年度に一部リーグの得点王に輝
いている。


クラブチームには2年半くらい在籍していました。クラブチームでは、ディ
フェンスがそこまでタイトではなかったので特に苦労はなかったです。

僕らのチームは本当にいろんなところからの集まりでいい意味でも悪い
意味でも個性の強いチームだったと思います。

他チームとは交流はあったが、あまり好かれてないチームだったと思う。

いまでは、他チームの人もリコーの練習に来ています。

 


◇アマチュア及び国体選手からのプロ契約とあり、一般のエリートコースとは
違う歩みでチャンスを掴まれました。

 
参考にした人はいませんが、高校、大学も同じようにエリートとは違う形で
積み上げてきたので、自分の人生はこういうのが普通と思い、またそこから
上がっていくのが生きがいだと思う。

 
◇今期、チームの中でどのような存在になる事が目標でしょうか?

 
チームの武器の1人となれるようにしていきたい。
存在価値をもっとたかめなければいけないと思う。

 

 

679A20131215.jpg

© FUKE STUDIO

 

 

681A20131215.jpg

© FUKE STUDIO

 

・・・・・・・・・・・・・

池本宗太郎(イケモト ソウタロウ)

1988年8月19日生まれ 182cm/75kg
香川県出身

三本松高校
流通科学大学
リコークリッパー

 

 

 

東京サンレーヴス 八幡幸助選手

【東京サンレーヴス 八幡幸助選手】

弊社ウェアサプライチーム選手紹介シリーズ。今回は、東京サンレーヴス八幡
幸助選手です。

★#17八幡.JPG

 

 

昨年まで埼玉ブロンコスでプレイしシーズン終了後に契約満了。
その後、東京サンレーヴスの練習生として球団に合流し、シーズン前に選手契
約を締結。

日本では珍しくNew ZealandのトップリーグNBLでの競技経験を持つ。日本では
馴染みが薄いが、NZはFIBAランキング19位(日本は35位)であり、オーストラ
リアと共にオセアニア代表として2014年FIBAワールドカップに出場が決まって
いる。


帰国後は、レラカムイ北海道、千葉JETS、埼玉ブロンコスと国内チームと渡り
歩き、今期より東京サンレーヴスへ加入。英語力を生かしてシーズン前の体制
発表会では外国籍選手のコメントも通訳するなどマルチな活躍を見せる。New
Zealandへ旅立った経緯、現在の選手キャリア、今後の展望についてお話を伺
いました。

トップリーグであるNBL、その下部リーグ、そして高校生時代から学校の試合
とは別に参戦していたという三部リーグなど、しっかりと経験を積める環境
などもあるようです。


怪我人を多く抱えて挑んだ年末の富山グラウジーズ戦では、今季初のスター
ティングメンバーとして出場。出場時間20分、7得点とスタッツも残していま
す。

(参考)
試合スタッツ
12/14 東京サンレーヴス対富山グラウジーズ
http://www.bj-league.com/game/2013121405/

 

・・・・・・・・・・・・・

New Zealand時代について

 

◇NZに留学した経緯について。

小さい時から、海外でバスケットをプレイしたいというのがありました。バス
ケットとなるとやはり、アメリカという考えがあると思うんですけど、金銭的
にも時期的(学校は9月から始まる)にも厳しかった為、アメリカに行くというこ
とが難しかったんです。

そんな時に、親父の仕事仲間の方からNZの事を聞きました。NZはいつ入学して
くるのもウェルカムで、治安も良く、アメリカに行くよりも安く行けたこと。
スポーツに力を入れている学校がある事を知り、ニュージーランドに行く事を
決めました。

 

◇八幡選手はNZのプロリーグNBLのJETSというチームに入団されています。
が、その前にもNorth Canterbury U-19、Checers、KiwiHoops University、
Canterbury U-21、Transpackというチームを経由しています。それぞれ、
どのようなチーム・組織でしょうか?


North Canterbury U-19とは、18歳以下の地域選抜の事です。カンタベリー
地域の中でも北カンタベリー地域での選抜メンバーに選ばれました。


◇特に、CheckersとTranspackとはなんでしょうか?また、KiwiHoopsUniversity
はHOOPSがバスケットボールの専門性のある学校でしょうか?

Checkers(チェッカーズ)はNBL, CBLよりも、下の3部リーグ的なものに所属して
いるクラブチームです。高校に通いながら、学校での試合以外でCheckersにも
所属しながらプレイーをしていました。その時の監督が、NBA Oklahoma City
ThuindersのKendrick Perkinsの父親でした。

KiwiHoopsUniversityとは、大学へ進学した時に所属していたチームで、NZに
は大学リーグが無いため、Checkersと同様、3部リーグに所属していました。
特にバスケットボール専門の学校であった訳ではありません。

Canterbury U-21は、20歳以下の選抜チームになり、先ほどのNorth Canterbur
yよりも広い、カンタベリー地域全体での代表チームになります。

Transpackとは、NZには沢山の国から来ている人が多いため、国別に別れた小
さなインターナショナルゲームが行われるんです。その時に所属していた、
日本人チームのクラブネームです。僕が参加した時には、8カ国ぐらい参戦し
ていました。そして、NBLには、トライアウトを受け合格し入団しました。

参考

・NBL
http://www.basketball.org.nz/competitions/nbl/

・Manawatu Jets
http://www.basketball.org.nz/competitions/nbl/teams/manawatu-jets/

・ニュージーランドバスケット協会
http://www.basketball.org.nz/

 


◇New ZealandのトップリーグでもあるNBLの Manawatu JETSでは、ロスターに
も登録されましたでしょうか?

はい、ロスター登録していました。外国籍人選手が怪我を、してしまいプレイが
出来なくなってしまった後の6試合ほどです。。

※参考記事
http://i.stuff.co.nz/manawatu-standard/sport/3532522/New-Jet-roaring-again

 

◇その後、CBLというリーグのJETS CBL TEAMに所属されていますが、CBLとは、
NBLのDevelopment league(下部組織)でしょうか?

はい、そうなります。北海道でプレイした後、昨シーズン所属していたManawatu
JETSのチームと連絡をし、外国籍人選手の枠は全員登録が済んでいて、登録は出来
ないが、練習には一緒に参加しながら、下部リーグのCBLのチームでプレイしました。


◇NBLというトップリーグがあり、2部リーグ、3部リーグ・・・というNZのバスケット
ボールがピラミッド構造になっている事がお話から想像できました。高校生時代に参
戦していた三部リーグのCheckers、及び、同じく三部のKiwiHoopsUniversityは特別な運
営母体を持つチームなのでしょうか。


クラブチームです。特別な運営母体があるわけではありません。


◇NZのバスケットリーグについて、選手の年齢構成、及び、職業や、練習頻度、レベル、観
客動員について


チームに所属する全員がバスケットだけで生活してい行ってるわけでは無かったです。ほとん
どの選手が仕事をしてやっていました。先生やったり、やほかの会社の社員やったりとで働い
ているなど。その為、練習は早朝にトレーニング、夜にチーム練習というのが多かったです。
時間は長い時間というよりも、短い時間を集中してやるという形でした。

16歳以上の高校生でも、チームに所属してやっている選手はたくさんいました。可能性があった
り、レベルが高い選手は上にどんどん引っ張られて、経験をたくさん積んで行くという感じで
した。

「まだ若いから」というような事は全くなく、年齢関係なしに上手い選手が上にたってプレイ
するという感じです。レベルも世界選手権には必ず出て行くだけの高さ。観客動員数は100前後
だと思います。もちろん、上を目指す選手が集まってます。


◇また、どのような意識や目標を持つ選手が集まるリーグだったでしょうか?そこから上の
リーグへと引き抜かれるケースなどは周りにありましたでしょうか?

NBL, CBL, 3部と全てに所属できるので、コールアップのような形は無いと思います。


日本でのシーズンについて

 

BV2V0215.JPG 

 


◇NZでのキャリアではなく、日本のキャリアを選んだ理由について

もともと日本に戻ってきてプレイをするつもりは無かったんです。ニュージーランドNBLでの1年
目を終えたのと同時に、おじいちゃんが亡くなってしまい、日本に戻って来ました。四十九日、日
本にいる事もあって、何処かでバスケが出来ないかと探していたら、当時のレラカムイ北海道の話
が上がり、ニュージーランドでのシーズンも終わっていた事もあり、練習生からでしたが、北海道
に行く事を決めました。海外でプレイーし続けたいという事もあったし、NZのJETSの監督が連絡を
くれていた事もあり、シーズン終了後、またNZに戻ってプレイをしました。


日本とNZではシーズンが真逆という事もあり、1年間通してバスケが出来ないかと思い、両方で挑戦
し始めたのですが、金銭的なことや、色々と難しい事もあり、今はこうして日本でプレイしています
が、変わらず「海外でプレイする」という目標は変わりません。

 

◇その後、日本のレラカムイ、千葉JETSなどと練習生、選手契約に至るまで、努力の日々を過ごさ
れたのだと推察します。

はい、そうですね。日々努力の毎日でした。

◇埼玉を退団し、その時の葛藤や、再びプロバスケットリーグの舞台に戻ろうと決めた経緯や、諦
めずに続けてきた理由、モチベーションについて

バスケットがしたい。バスケットが好き。という単純な気持ちです。

◇練習生から、選手契約を獲得できたのは、どの部分が評価されての契約だと自分自身では分析さ
れていますでしょうか?

今までの経験や、今後の可能性を見込んで貰えての選手契約ですかね。


◇現在、東京での役割。今後、シーズンの経過と共に果たしていきたいと考えている役割について。

控えのガードとして、いい流れの時は、切らずにさらに良い流れに持っていく。悪い時には、流れを
変える。あと、外国籍人選手と日本人選手の間に入ってのコミュニケーションですかね。

◇3年後、5年後のキャリアビジョンなどについて

チームをリードする、1プレイヤーとしてコートの上に立っていたいです。そして、海外でもプレイ
をしていたいと思います!


◇最後になりますが、八幡さんが経験した範囲で、NZのバスケットボールの特徴を教えて下さい。
また、NZでプレイする事を目指す日本人選手がいるとしたら、用意しておくべき事など

もちろんフィジカルの面は強かったです。そして、強いメンタルも持っていて、自分がやってや
るっていう強い自信をもってやっている感じです。NZとは限らず、フィジカルの強さは必要です。

◇八幡選手、ありがとうございました!


(参考)

bjリーグでの八幡選手スタッツ
http://www.bj-league.com/players/100633

CBL(NZの下部リーグ)のNEWSなど
http://www.basketball.org.nz/news/archive/cbl/page/2/


///////////////////////////////////

八幡幸助(やはたこうすけ)

1989年5月13日生まれ 172㎝/72㎏ 神奈川県出身。

Aranui High School(アラヌイ高校/ニュージランド)
Canterbury大学(ニュージランド)
Manawatu Jets(マナワツ・ジェッツ/NBL)

日本帰国後は、レラカムイ北海道、千葉JETS、埼玉ブロンコス
を経て、今期より東京サンレーヴスに移籍。

本人によるブログ
http://ameblo.jp/kosuke-yahata-bball/

東京サンレーヴス 内村祥也選手

【東京サンレーヴス 内村祥也選手】

 

 

uchimura1.JPG


弊社ウェアサプライチームより選手の紹介。今回は東京サンレーヴスPGの一人として活躍する内村祥也
選手。チームとの契約は練習生契約からスタートしましたが、開幕前の9月上旬に正式にロスター登録。

現在まで、全34試合中25試合。通算で50得点32アシストに出場と確実なスタッツを残している。

延岡学園高校時代には高校総体での優勝実績もあるが、大学卒業時はプロへの道を諦め、一旦は母校で
教職に従事。その後にプロへの再挑戦をするなど異色の経歴を持ちます。

バスケットを始めた経緯や、練習生からプロ契約までの道のりについてお伺いしました。


・・・・・・・・・・・

 

バスケットを始めたきっかけ

 

◇これまでのバスケットキャリア。バスケットを始めたきっかけ、延岡学園に進学するまでの経緯
について

バスケットを始めたきっかけは、父親がバスケットをやっていたという影響と親戚のほとんどがバス
ケットをやっていたということで幼少期からバスケットに触れる環境にあり、自発的にバスケットを
始めたいという気持ちになり始めました。

ミニバスは地元宮崎で強豪のWEST明和スポーツ少年団に小学1年時に入部し、九州大会に何度か出場し
ました。そこから、地元宮崎にある五十市中学校に進学し九州大会出場、また個人としては、全国都
道府県対抗ジュニアオールスターの宮崎県選抜にも選抜されました。その後、バスケットを始めた頃
からの目標である『全国制覇』を果たしたく、全国でも強豪の延岡学園高等学校に進学することを決
めました。

 

◇延岡学園で全国大会優勝を経験されています。当時の役割やプレイスタイルについて

高校3年時に全国大会優勝を成し遂げることが出来ました。当時の役割としては、主将を務めていたと
いうこともあり、チームをまとめることはもちろんのこと、学年を問わず様々な選手とのコミュニ
ケーションを多く取るように心掛けていました。プレイスタイルは、得点能力の高い選手が多かったの
で、チームの中でも小柄だった僕は自分で得点を狙いに行きながらもその選手たちに対してのアシスト
パスを狙っていました。


◇鹿屋体育大学での戦績などについて。また、大学でも主将を務められてますが、大学時代について

鹿屋体育大学時代は、大学4年間全てインカレに出場しました。個人としては、大学3・4年時に日本
男子学生選抜バスケットボール大会に九州選抜として出場しました。

大学でも主将を務めましたが、高校で主将を務めた時の経験や体験したことを大学でも活かしていき
たいと思っていました。

 

bjリーグへの挑戦

 

uchi2.JPG 

 

 


◇大学でのキャリアが終わり、bjリーグへの挑戦を決意したきっかけ

高校時代にセネガルからの留学生と共に生活しバスケットをしていて、とても楽しく『海外に出てバ
スケットをしてみたい』という気持ちになりました。そんな中、bjリーグの試合を観戦する機会があ
り、外国籍選手が多く在籍してプレイしているバスケットを見て、この環境の中でバスケットをした
いと思い決意しました。


◇宮崎、鹿児島と学生時代を過ごしてきた中、東京との出会いや、故郷を離れ、東京の練習生になった
経緯など

元安ACと母校のバスケットボールの関係者が知り合いで話をしてもらい、東京に来ることを決めました。


◇練習生からの契約、ロスター登録について。練習生時代の取り組み。どのようにして選手契約を掴も
うという戦略があり、どのような日々を過ごされていたか

『遠慮しない・常に自分を出す』 この二つを常に念頭におきプレイしていました。また、選手契約を
している選手の方々と積極的にコミュニケーションを取ることも心掛けてプレイしていました。


◇シーズンの一部を終了し、手応え。今後の課題。平均出場時間は約13分 。チーム内で確かな役割を
得て、出場機会を与えられています。ご自身が考える、チームの中での役割について

得点能力の高い選手が多いということもあり、その選手達にどれだけ気持ちよくプレイさせるゲームメ
イクができるかだと思っています。

◇今後、シーズンを重ねる中で、さらに、どのように役割をこなせるようになりたいと考えていらっしゃい
ますか?

HCから求められることをミスなく忠実に行い、チームに勢いと活気を与えられるようなプレイをすると
いうことです。


◇東京サンレーヴスの見所、自分のプレイの見所について

全体的に若くてアグレッシブな選手が多いので試合を観戦していて興奮すること間違いないです。ま
た、個性的な選手が多いので試合を観戦していて、とても楽しめると思います。
自身のプレイの見所は、外国籍選手を交わしてのシュートとアシストパスです。会場をわかします。

 

uchi3.JPG

 


http://tokyo-cinqreves.jp/

/////////////////////////////////////////

内村祥也
1990年12月16日生まれ 宮崎県出身。
五十市中学校~延岡学園~鹿屋体育大学

延岡学園高校時代には2008年の埼玉インターハイでは主将としてチームを優勝に導き冬の選抜大会では3位
入賞。鹿屋体育大学では九州選抜に選出。また、全ての年度でインカレに出場。1年次はベスト8、二年次は
ベスト16に進出。主力として迎えた3年次、4年次(主将)、日本体育大学、東海大学にそれぞれ一回戦で屈
するが、主力として確かなスタッツを残す。

©Tokyo Cinq Rêves/bj-league

 

高松ファイブアローズ 岸本行央選手

【高松ファイブアローズ 岸本行央選手】

 

高松ファイブアローズの選手紹介。第3弾は岸本行央選手です。

 

 

kishimoto.jpg

(写真中央 13番が岸本選手)

 

明治大学4年次、2011年インカレの2回戦では東海大学と延長戦を演じ、ブザービーターで
敗れるなどもあったが、主力として活躍。延長戦でもビックプレイを連発し、熱戦を演じ
る立役者の一人となった。 

(備考) インカレ試合記録
http://jubf.jp/games/gamesbox.php?year=2011&ac=9&gc=45

大学卒業後は琉球ゴールデンキングスで練習生として過ごし、ドラフト指名
により高松ファイブアローズに入団。

2012~13年シーズンは42試合に出場し、平均出場時間10分のスタッツで活躍。
今期も、セカンドガードとして大事な役割を担っていたが、2/9の試合を最後
にヘルニアの治療で戦線離脱。

2/21に手術も完了し、現在はリハビリ中。リーグ終盤戦へ向けて復帰が待た
れる選手です。


///////////////////////////////

◇バスケットが盛んだと言われる沖縄県のご出身ですが、バスケットボールと
の出会いについて


兄二人がしていたから自然と体育館に足を運ぶようになりました。あと沖縄で
は家の近くの公園等に普通にバスケットリングがあったのでバスケットが身近
にある環境だったのも大きいと思います。


◇背番号「13」について。中学校時代の恩師の教えを大事にしている事もあ
り、中学時代に最初に付けた13番を着用されているという報道記事もありま
した。中学時代の経験や、その時に学ばれた事について。


中学の時の外部コーチの現NKSバスケットボールショップ代表の桑畑さんと
の出会いでかなり変わりました。

練習量もですが仲間との絆や、何事も逃げ出さずやり遂げることの大切さな
どたくさんのことを学びました。


<参考>

掲載記事
http://kuwahata.wix.com/rising-sunbasketball#!untitled/cbfc

アスリートエール
http://www.athleteyell.jp/kishimoto_yukio/profile.html

 

◇岸本選手のご卒業された明治大学時代について。東海大学と延長戦にもつれこ
む大熱戦で多くの観衆を魅了しつつ敗退されました。2013年のインカレでも明治
大学は準優勝に輝き、ますます注目を集めています。明治大学バスケ部は、ど
のようなバスケ部でしょうか?また、大学時代に培った事柄で、現在、一番役
に立っている事について。

 

明治大学は外からみた感じと実際入学してから体験したことは全く別物でした。
大学生活で成長できた部分はやっぱりバスケットIQだと思います。HCの塚本さん
はバスケットのことなら知らないことがないくらい勉強熱心ですし、いろいろな
ことを教えてくれました。

同じガード出身なので、周りの使い方から試合に出てない時に見るべきところな
ど、本当に細かいところまで襲われたと思います。明治大学はしっかりとした規
律もあるし、一人一人が責任を持って練習に取り組まなければ出来るまで何時間
でもやります。

他の大学の話を聞いてると明治は厳しすぎると思ってしまったときもありますが、
卒業して思うのは、本当に四年間しっかり明治大学でバスケットが出来て良かった
と思っています。今後のバスケット、そして社会に出てからも絶対に役に立つと
自信を持って言えます。

 

◇明治大学の卒業生は関東実業団リーグなどで活躍する選手も数多くいらっしゃり
ます。そのような中、岸本選手がプロリーグの選手として、より高いレベルの追及
を選んだ理由について。また、実際にプロ選手になっての、手応え、やりがいにつ
いて。

また、これまでのプロキャリアを重ねる中で印象に残っている試合について。

 

地元沖縄の琉球ゴールデンキングスに強い憧れがあったからです。バスケットしか
してこなかったというくらいバスケットを通していろんなことを学びました。その
中で一つ、お世話になった人に頑張ってる姿を見せたいという気持ちが強くあり、
もしチャンスがあるならプロになりたいと思っていました。

挑戦しないで諦めることは出来なかったので就活をせずにトライアウトを受けよう
と決めました。

自分のプレーを見て喜んでくれるファンの方がいることや、練習した成果やコーチ
の期待に応えることが出来たと感じたときが一番やりがいを感じます。

心に残ってる試合はプロデビュー戦の大阪エヴァッサ戦です。恩師の桑畑さんがと
ても楽しみにしてた開幕戦でもあり、その目の前で活躍して2連勝できた試合を見
せれたことです。

 

◇2年目の今シーズン、一年目と同様に10分近くの出場時間をコンスタントに獲得し
、起用されています。岸本選手の武器・長所はどちらでしょうか?また、今期のこ
れまでの手応えと、残りシーズンの抱負について。

自分はチームの流れを変えたり仲間を生かすことが自分が一番生きるプレだと思って
います。しかし、今シーズンからの目標は自分でもコンスタントに点が取れるガード
を目指しています。決めるべきところで決めれる選手になりたいです。

正直に全然満足はしていません。もっと練習から結果を出し、アピールしてプレータ
イムを勝ち取らないといけないと思っています。

◇岸本選手、ありがとうございました。

 


////////////////////////


現在、チームは西地区8位。4連勝、3連勝が続いた年末年始には上に名を連ねました
が、その後の8連敗もあり、順位を下げています。プレイオフ圏内の6位には2ゲーム
差。今週末はアウェーで島根スサノオマジックと対戦です。

また、前述のとおり、ヘルニア手術からの復帰を目指してリハビリ中の岸本選手に
も、是非、ご注目下さい!

 

kishimoto2.jpg

 

kishimoto5.jpg

© FUKE STUDIO 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

岸本行央(キシモトユキオ)
183センチ・75kg
1989年8月20日生まれ
沖縄県出身

浦添市立浦西中~香南高校~明治大学を経て、高松ファイブアローズに入団。キレのあ
る動きを生かし、ローテーションメンバーの一人として安定したスタッツを残している。
 

1